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航空事情 航空ビジネス講座

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飛行の歴史

ジャンボ機、超音速機の登場

ジャンボ機の搭乗
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航空機の更なる革新として、1969年にはボーイング社がB747型機を投入します。またもや、最初に導入、路線投入したのはパンアメリカン航空でした。それの機体は客室に2本の通路を持つ、初のワイドボディー機で、胴体前方は特徴的なアッパーデッキを持つ2階建て構造に、4機のエンジンを搭載しています。それまでにボーイング社が開発した旅客機の2倍、当時最大だったDC8型機より80%程度大きなサイズで、450人以上が乗れました。

ジャンボ機の登場で、旅客機の大型化が座席当りの経済性を引き上げるのに貢献することが認識されると、他のメーカーも競って大型機の開発を始めます。ダグラス社は1970年にDC10型機を、そのわずか1ヵ月後には、ロッキード社がL1011型(トライスター)機の飛行に成功します。両機はB747型機よりもひとまわり小さく、エンジン3機を搭載し、約250人がのれました。

超音速機
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旅客機の大型化が進められたのと同じ頃、米国と欧州では超音速旅客機の開発が進められていました。しかし、最初に成功したのはソビエトでした。ツポレフ144型機で、1968年12月の出来事でした。

それから2ヵ月後、英国とフランスの共同体は超音速旅客機、コンコルド機の飛行に成功します。しかし、環境や経済性の問題から、民間航空機としての超音速機の生産は極少数に終わってしまいます。米国でも開発は進められ
ましたが、石油危機の影響などでその経済性が疑問視され、1971年に開発は中止、その技術は爆撃機に応用されて終わりました。