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航空事情 航空ビジネス講座

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飛行の歴史

ジェット機の時代へ

第二次世界大戦後、航空輸送は急速にその発展を遂げる準備が整っていました。ジェット機の開発によるところが大きな部分を占めていましたが、そこにはまだまだ克服しなくてはならない問題がありました。

1952年には、英国製ジェット機、コメット(座席数36席、時速500マイル)がロンドンと南アフリカのヨハネスブルグ間に就航しました。しかし、その2年後、金属疲労による飛行中に胴体が爆発する事故が連続して発生してしまいます。

軍用の民需転換
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第二次世界大戦後の、ソビエト連邦と西側欧米諸国との冷戦構造は潤沢な軍事予算を各国に認めさせ、ジェット機の開発、安全性の向上にも貢献してくれました。軍事用に開発された技術は、経済面の国力増強の為、民間機にも順次応用されていきました。

例えば、ボーイング社はB−47、B−52爆撃機用に後退翼を開発、ジェット機の速度上昇に貢献しました。その設計はすぐに民間航空機にも応用され、より高速の飛行機は乗客に一層快適な空の旅を提供しました。

原型は空中給油機
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軍用機の民間機転用として最も有名かつ成功した例は、米国空軍が空中給油機として開発、軍用機としての評価も高かったKC−135型機を、1958年にボーイング社が米国初の民間ジェット機に転用した、B707型機でした。

機体全長が125フィート、搭載された4基のエンジンはそれぞれ17,000ポンドの出力性能を持つB707型機は、181人の乗客を乗せて、時速550マイルで飛行できました。

搭載されたエンジンはピストンエンジンよりも信頼性が高く、振動も少ないために、より快適な飛行が実現できるとともに、機体胴体への疲労もより少なくなり、整備費用の軽減に貢献しました。

ジェットエンジンに使われる燃料はケロシンと呼ばれるもので、ガソリンよりもオクタン(石油中の無色液化炭化水素)が少なく、燃料費は半分以下に軽減されました。

最初のB707型機はパン・アメリカン航空により発注され、路線就航しました。これにより、すべてのジェット機の民間航空への応用に関する疑問には答えが出されたこととなり、他の航空会社も争うようにジェット機の発注へと向かいます。