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航空事情 航空ビジネス講座

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飛行の歴史

1938年民間航空法

行政機関の役割
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飛行機や管制・航行システムの技術的進歩と同様に、民間航空の発展には連邦政府の行政指導は重要な意味を持っていました。民間航空の発展に関して最も重要な法令のひとつと考えられているものに、1938年の民間航空法が挙げられます。

それまでの民間航空に関する行政指導には、連邦政府のいくつもの機関やその部局が関与していました。そのために航空会社は、各々の行政機関の趣旨に沿って、様々な方向に揺
さぶられることが頻繁にありました。

どの連邦行政機関も、航空会社、航空輸送の長期的な発展を見据えた判断をしていませんでした。1934年に航空郵便の輸送料の決定方法が変更され、著しく輸送料が低く抑えられてからは、どの航空会社も利益が出ていなかったのです。

民間航空局の設置
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航空会社が求めていたのは、独立した機関による、より合理的な行政指導、許認可業務でした。それが1938年民間航空法で可能となりました。連邦政府の機関として、民間航
空局(Civil Aviation Authority)が設けられ、航空運賃、航空郵便輸送料、航空会社間の提携、契約、合併、路線設定を認可する権限を与えられました。その使命は、航空会社間の秩序を維持し、航空運賃を合理的な水準に保つのと同時に、まだ財務的に不安定だった航空会社を育成する、つまりは民間航空輸送の発展を奨励することでした。

民間航空委員会へ
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航空事故調査機関として連邦議会は、航空安全委員会(Air Safety Board)を連邦政府の独立機関として設けました。しかし、1940年にルーズベルト大統領は、事故調査の権限を民間航空局に移管、同局は名称を民間航空委員会(Civil Aeronautics Board)に変えました。飛行機の技術的な進歩が一定の成果を挙げたことがその理由でしたが、航空運輸はその発展への道を確実に歩み始めていました。