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航空事情 航空ビジネス講座

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飛行の歴史

旅客機としての進化

DC−3型機
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世界を変えたと言われる飛行機はDC−3型機で、旅客輸送で航空会社に利益をもたらした最初の飛行機でした。DC−3型機は、その設計に重要な役割を果たしたアメリカン航空で1936年初就航した後は、すぐに全米で支配的なシェアを持つ飛行機になりました。

DC−3型機は、その原型となったDC−2型機と比較して座席数が、14席から21席へと50%増加しましたが、運航コストは僅か10%しか上がりませんでした。機体はアルミニューム合金で、それまの飛行機に使われた金属よりも強度が高く、より安全な飛行機と認識されました。また、エンジンの出力もDC−2型機の710馬力から1,000馬力へと向上し、当時の旅行時間としては最短の16時間でアメリカ大陸横断を可能としました。

その他の重要な改良部分としては、着陸装置の作動に油圧ポンプが導入されたことが挙げられます。それまではパイロットが重たいクランクを回して着陸装置を上げ下げしていましたが、油圧ポンプの導入で離着陸時のパイロットへの負担が大きく軽減されました。

DC−3型機は、乗客にも快適な飛行機で、エンジン騒音を減らすため胴体にはプラスティック製の遮音材が使われ、座席の固定にはゴムが使用され振動を軽減する工夫がなされました。DC−3型機は、人気の高いすばらしい飛行機として、新たな飛行機による旅客需要を創造しました。

与圧キャビン(機内)
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ボーイング247型機やDC−3型機は、飛行機の設計としては大きな進歩がありましたが、重要な弱点を抱えていました。それらの飛行機では、1万フィート以上の高度では飛行できないことでした。飛行機が、空気の酸素濃度が低下する高度1万フィートと超えると、乗客はめまいがしたり、時には気を失ってしまうことさえありました。

航空会社は、気象や気流変化のある高度より、高高度での飛行を望みました。飛行機の揺れによる乗客の乗り物酔いは、航空業界の発展にとって解決すべき課題でした。

1940年、ボーイング社はB−17爆撃機から派生させた、ストラトライナーと呼ぶ民間機を開発しました。その機体は、トランスワールド航空で初就航しましたが、初めて機内が上空でも地上付近と同じ気圧に保たれるように与圧された機体でした。機内気圧が調整されたストラトライナーは、座席数33席で、2万フィートの高度を時速200マイルで飛行しました。