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航空事情 航空ビジネス講座

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飛行の歴史

チャールズ・リンドバーグ

1927年5月20日午前7時52分、チャールズ・リンドバーグと言う名の若いパイロットは、歴史に刻まれることになるニューヨーク、パリ間の大西洋横断飛行に飛び立った。飛行機による初めての大西洋横断の無着陸飛行は、リンドバーグと言う青年パイロットと航空にとても大きな影響を与えました。リンドバーグは即座にアメリカン・ヒーローとなり、航空は産業としての地位がより一層高まり、一夜にして数百万の個人投資家からの資金を集め、数百万のアメリカ市民からの支持を得た。

落第パイロット
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注目を集めたパイロット、チャールズ・リンドバーグはウィスコンシン大学の航空学科を落第、曲芸飛行の旅芸人として国中を転々としていましたが、ロバートソン航空機会社に就職し、セント・ルイス、シカゴ間の航空郵便パイロットをやっていました。

スピリット・オブ・セント・ルイス
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リンドバーグは、大西洋横断飛行を計画するにあたり、より多くの燃料を搭載するために、大胆にもナビゲーターなしの単独飛行を決意しました。リンドバーグの飛行機、スピリット・ オブ・セント・ルイス号は、長さが28フィート弱、翼幅46フィートで、離陸重量の半分にもなる450ガロンの燃料が搭載出来ました。

推測航法
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狭い操縦席からは星を頼りに飛行することが難しく、リンドバーグは推測航法(針路、航
程、風圧などから飛行機の位置を求める方法)で飛行しました。リンドバーグは、地元の
図書館から入手した地図を、飛行経路に沿って100マイル四方に、33枚に分けました。

大西洋を横断し、リンドバーグが最初にアイルランドの海岸線を見つけたとき、彼はほぼ予定通りのルートを飛行していました。それから数時間後に着陸したとき、飛行機には80ガロンの燃料が残っていました。

最大の敵
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リンドバーグの最大の敵は疲れでした。大西洋横断には33時間29分30秒を要しました。リンドバーグは、窓の外に頭を出して外気で冷やし、まぶたを手で開き、寝たら死んでしまうことを自分自身に言い聞かせて、睡魔と戦いました。また、わざと飛行機を不安定な状態にしておき、彼が常に起きて操縦に集中し、修正を加える必要があるようにしておきました。

空の時代
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リンドバーグは、パリ郊外のル・ブージェ飛行場にパリ時間の5月21日午後10時24分に着陸しました。リンドバーグの大西洋横断飛行の話は、彼の到着より早くパリジャンに知れ渡り、飛行場へは彼と彼の小さな飛行機を見るために大勢の人々が集まりました。

リンドバーグが達成したことの偉大さは少しの疑いもありませんでした。空の時代が到来したのでした。