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航空事情 航空ビジネス講座

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飛行の歴史

航空郵便

米国での民間航空の発達には、航空郵便路線の開拓が大きな貢献を果たしたと言われています。1917年、米国連邦政府は飛行機の技術的成熟が新たな社会的貢献を果たせる段階まで来たことを認め、航空郵便の発展を支援し始めます。

エアメールのはじまり
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その年、連邦議会は陸軍と郵政省が共同で行うフィラデルフィア経由、ワシントン・ニューヨーク間の航空郵便の試験運用に10万ドルの予算を付けました。最初の飛行機は1918年5月14日にニューヨークはロングアイランドのベルモント公園から、フィラデルフィアに向けて飛び立ちました。翌日、ワシントンまでの飛行を継続し、ワシントンではウッドロー・ウイルソン大統領の出迎えを受けました。

大陸横断
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第1次世界大戦からの有り余る飛行機を抱えた連邦政府、特に郵政省の意気込みはそれだけでは満足されませんでした。郵政省の目標は、北米大陸横断でした。1919年5月15日には最初の区間、クリーブランド・シカゴ間が開設され、1920年9月8日には最も難関だったロッキー山脈越えを克服し、大陸横断路線が完成しました。

飛行機を使うことで、郵便物は北米大陸の一方の海岸線から反対側の海岸線まで、鉄道よりも22時間早く配達することが可能となりました。しかし、航空郵便が開始された当時、飛行機は夜間飛べなかった為、夕方までに集められた郵便は鉄道に乗せられました。

夜間飛行
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1921年、陸軍はオハイオ州、コロンバス・デイトン間の約80マイルに、回転灯による航空標識を設置しました。標識はパイロットから10秒間隔で見ることの出来るもので、夜間飛行を可能としました。

その翌年、郵政省は陸軍からその夜間飛行誘導設備の運用を引き継ぎました。1923年の末までには、同様の誘導設備をシカゴとワイオミング州チェイニー間にも設置しました。その後、誘導設備は55万ドルの費用をかけて北米大陸を横断しました。

大陸横断の夜間飛行が可能となったことで、航空郵便は西海岸から東海岸まで29時間、東海岸から西海岸まで34時間(風向きにより飛行時間が異なります。)で配達されるようになりました。鉄道より2日も早く配達されるようになったのでした。