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航空事情 航空ビジネス講座

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3. 規制緩和

 
航空貨物
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連邦議会が、航空業界の最初の法的な規制緩和に着手したのは、1977年11月の国内線貨物専門航空会社に対するものだった。国内線貨物専門航空会社には、自由な路線展開と運賃設定の自由が与えられた。

また、その1年後には、新規参入を試みる国内線貨物専門航空会社に対しては、その適格性、意欲、能力がある限り、民間航空委員会は事業免許を与えるようになりました。それ以前には、事業免許が認められるにはそれ以上の要件が必要とされていました。公共の利益と必要性が要件とされていました。それだけ新規参入の壁が高かった訳ですが、これが取り払われました。

宅配急送業者
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国内航空貨物専門航空会社に対する規制緩和は、様々なかたちで目覚しい結果を航空貨物輸送事業に与えました。その中で最も注目すべきは、宅配急送業者でした。預かった翌日には受取人に届けられる、オーバーナイトサービスを宅配急送業者が始めたのは1970年代前半のことでした。高価な商品や、配達時間が確かである必要性のある物や書類を対象に、急速な伸びを見せていました。

しかし、この分野の成長を最も支えたのは規制緩和でした。規制緩和は、宅配急送業者の、顧客からの高品質なサービスの要望にも応えられる、自由な運航を可能としました。宅配急送業者の業績は、航空輸送事業分野において、10年以上に渡り高い成長を持続しました。

旅客分野
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そして、1978年に航空規制緩和法が施行されたことで、旅客輸送分野でも市場原理に基づく自由化が実現しました。米国国内線での、路線、運航(スケジュール)への規制が、連邦政府による運賃規制と伴になくなりました。連邦議会は、向こう4年で次第に国内路線、運賃の規制を廃止することを決めました。それに従い、1981年1月1日までに路線と新規参入に関する規制が撤廃されました。そして、1983年1月1日までに運賃に関する規制が撤廃されました。

民間航空委員会の自由化に向けての行動は、それ以上に早いものでした。法律の施行後1年と経たないうちに、民間航空委員会は、航空会社が望む国内線の新規路線を殆ど全て認めました。1985年1月1日、民間航空委員会は廃止されました。その役割の一部は、運輸省をはじめとする、連邦政府機関に移管されました。